自筆証書遺言、公正証書遺言の有効性19(東京地裁令和2年1月15日)

【事案の概要】

被相続人Aの死亡後、Aの名義の平成15年4月8日付自筆証書遺言(本件遺言書1)及び平成22年3月22日付自筆証書遺言(本件遺言書2)が発見され,同遺言書には「被相続人の長男の被告に全財産を相続させる。」旨の記載があった。

原告らは,本件遺言書1及び2は,Aの遺言能力を欠く状況で作成され,無効であることの確認をもとめた事案。

【裁判所の判断】

裁判所は遺言無効確認請求を棄却した(東京地裁 令和2年1月15日)。

【争点】

 Aの遺言能力の有無

【裁判所の争点に対する判断】

1 本件遺言書1について

(1)精神上の障害の有無及び程度

Aは、平成11年4月12日に老人性痴呆(軽度)の病症名で治療を開始することとされたが、その後、特段の治療をうけることはなく、介護サービスを受けることもなかった。

平成13年から平成15年までのAの生活状況をみると,物を無くす,道順を覚えられない,食品管理ができない掃除洗濯ができないなどの行動が時折見られるようになったものの、他方で、一人暮らしを継続し、曜日や日付を認識し、簡単なスケジュール管理をしたりしていたほか、習い事に出かけることも多く、他者と会話することもできていた。

また、Aは、平成10年頃から、Aの預金通帳・証券会社口座等は原告によって管理され、生活費をわたされるようになっていたものの、ゆうちょ銀行の口座は自身で管理しており、日々の支出を家計簿にも記載していたことから、一定程度の金銭管理もできていた。

更に、セントラル病院のK医師作成の平成16年9月14日付け入居前診断書、同病院のL医師作成の同年10月13日付け紹介・診療情報提供書(老人性痴呆症が進行して記銘力低下失見当識が出現し、ホーム入所の適応との記載がある。)は、本件遺言書1作成時から1年以上経過した後に作成されたものであるから、本件遺言書1作成時のAの精神上の障害の有無及び程度を推測する上で殊更に重視することはできない。

(2)その他の事情

以上に加えて、本件遺言書は、長男である被告にAの全財産を相続させるという内容のもので、その内容は非常に単純なものであって、Aの精神上の障害の程度を考慮しても、Aは、本件遺言書1の内容を十分に理解していたと認められる。

また、本件遺言書1には同旨の内容のE遺言書1も同封されるなど、Aにはその全財産を被告に取得させる動機が無いとは認められない。

(3)結論

そうすると、Aには本件遺言書1作成時(平成15年4月8日)において、遺言能力がなかったということはできない。

2 本件遺言書2について

(1)精神上の障害の有無及び程度

平成16年9月1日に要介護5の認定を受けた際に行われた同年8月31日の認定調査によれば、少なくとも認知機能のうち意思の伝達はできる、精神・行動障害はいずれもないものとされ、認知症高齢者自立度は、〈3〉aと判定されていた。

以上に先立つセントラル病院のK医師作成の平成16年9月14日付け入居前健康診断書の既往歴には老年痴呆との記載があるが、いずれも疾患の程度についての言及はない。

なお、P医師作成の平成23年3月15日受付の鑑定書によれば、Aは、同時点で、アルツハイマー型認知症の重度障害であった旨の意見がのべられているが、同鑑定書は、本件遺言書2の作成から約1年経過後に作成されたものであるから、本件遺言書2作成時のAの精神上の障害の有無及び程度を判断する際に殊更に重視できない。

(2)その他の事情

以上に加えて、本件遺言書2の内容は、それ自体単純なものであり、しかも本件遺言書1の内容と全く同内容であることが認められ、この間被告とAとの間の関係が険悪なものとなったことを認めるに足りる的確な証拠もない。

(3)結論

そうすると、Aの精神上の障害の程度を考慮したとしても、約7年前に作成した本件遺言書1と同内容で、単純なものであれば、Aがその内容を理解して遺言をすることは可能であったと認められるから、Aには本件遺言書2作成時(平成22年3月22日)において遺言無能力であったとは認められない。

【判決のポイント】

本件遺言書1及び2の遺言能力の判断にあたり、Aの老人介護施設入所や成年後見申立てにあたり作成された医師の鑑定書が提出されていました。

上記鑑定書には、Aの精神障害の程度が重度であることを推測させる記載がありました。。

ところが裁判所は、このような医師作成の鑑定書の存在にもかかわらず、本件遺言書1及び2の作成後の事情であるとして、重要視せず、その他の事情として、遺言書の内容、遺言書作成前のAの生活状況から、Aの遺言能力がないとの判断をしました。

keyboard_arrow_up

0487298318 お問い合わせバナー 無料相談について