自筆証書遺言、公正証書遺言の有効性22(東京地裁 令和2年3月31日)

【事案の概要】

被相続人Aの死亡後、Aの相続人である原告らが、同じく相続人である被告に対し、Aの公正証書遺言(以下「本件遺言書」という。)について、「被相続人の意思に基づくものではない。」として、同遺言が無効であることの確認を求める事案である。

【裁判所の判断】

裁判所は遺言無効確認請求を棄却した(東京地裁 令和2年3月31日)。

【争点】

本件遺言書がAの意思に基づき作成されたものかどうか。

1 裁判所に認定された事実

平成28年5月25日、m弁護士は、m弁護士の所属する事務所において被相続人と面会し、同年7月10日には被相続人の自宅において被相続人と面会し、本件遺言書を作成し、本件遺言書を作成した同年8月3日には、公証役場に行く前に、m弁護士の所属する事務所において被相続人と面会した。

m弁護士が上記のとおり少なくとも3回にわたり面会した人物は、被相続人の運転免許証や個人番号カードにある写真の人物であった。

m弁護士は、被相続人の財産であるゴルフ会員権について、ゴルフクラブの名称を被相続人からの聴取に基づいて、「千葉カントリークラブ会員権」とした。正しくは「千葉新日本ゴルフ俱楽部」であったが、このことは、m弁護士が、本件遺言書の執行者として指定されている弁護士法人に所属する弁護士の業務として知った。

平成26年1月23日、川崎市立川崎病院において、頸椎症性骨髄症の手術を受けた。同病気の症状として,字を書くことが不器用になることがあげられる。

2 争点に対する判断

(1)m弁護士が被相続人と3回にわたり面会して内容を固めたものであること,m弁護士が公証役場において,被相続人が本件遺言書に署名捺印するのをみていること,遺言の内容としても,本件遺言作成時に被相続人とともに本件土地建物に居住していた配偶者である被告に本件土地建物を相続させるとともに,相続分が6分の1である原告らに対してもそれぞれ約1400万円の預金を相続させるものとなっており,看過し難いほどに被告に有利となっているものでは全くなく合理的な内容と解されることからすれば,本件遺言は,被相続人自身が作成し被相続人の意思に基づくものであり,被告人が偽造したと認めることはできないのであり,有効なものと認めるのが相当である。

(2)本件遺言書中の被相続人の氏名と対照資料の筆跡は別人の筆跡である と認められるとの鑑定結果を内容とする筆跡鑑定書により本件遺言書は被相続人が作成したものではないといえるか。

人の筆跡は,筆記用具筆記者の気分や体調(心理状態や身体的状況),筆記状況等の諸条件に左右される面があることは否定できないものと解される。

本件筆跡鑑定書には写しでも十分である旨述べられているが,鑑定資料が原本ではなく,写しである場合には印刷の品質等により原本における筆跡が正確に再現されていない可能性がある。

本件においても,鑑定資料は,原本ではなく写しである。そして,本件の筆跡鑑定書には,鑑定資料の筆跡に震えがあることを重視しているが,対象資料は平成23年に作成されたと思われる書面と平成11年に作成されたと思われる書面であり,被相続人は,平成26年に頚椎症性骨髄症の手術を受けているのであり,平成28年8月3日に記載された鑑定資料の筆跡に震えがあるにのは,同病気の影響と思われる。

さらに本件鑑定書には,「〇」「■」の各文字について「ほぼ異筆」(気 づきにくい筆跡個性の大きな相違が見られる)と判断したうえで,鑑定資料と対照資料は,別人に筆跡と結論づけている。

しかし,気づきにくい筆跡個性が異筆かどうかを分ける決定的な要素足 り得るかについては一般的にそのようには考えられているのか不明であり,当該j鑑定人の経験によるものであるとするなら,上記筆跡鑑定の証明力について一般的に言われる点と相まって少なくとも前記弁護士が,公証役場において本人が遺言書に署名したのを見ているという事実を揺るがすに足りるほど証明力が高いものと解することはできない。

(3)ゴルフ会員権を有するゴルフクラブの名称が正確でなかった点につい ても,そのことから直ちに被相続人が本件遺言書の内容を確認していないということにつながるものではない。

(4)本件において弁護士が公証役場において被相続人本人が本件遺言に署 名したのを見ており,本件遺言書が本人の意思に基づいて作成されたとの認定することができる。

【判決のポイント】

遺言書が本人の意思に基づき作成されたのか争われた場合,遺言書の内容の合理性,本人の筆跡,誤記の有無等が主張されることになると思われますが,遺言者自身が署名したという事実が判断の分かれ目となる重要な事実であると考えられます。

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