自筆証書遺言、公正証書遺言の有効性21(東京地裁 令和2年3月13日)

【事案の概要】

本件は、原告らが、被相続人(以下「A」という)の公正証書遺言及びA作成の4通の自筆証書遺言につき、いずれも遺言能力が無いのにされたものと主張して、無効であることの確認を求めた事案です。

【裁判所の判断】

裁判所は遺言無効確認請求を認容した(東京地裁 令和2年3月13日)。

【争点】

 Aの遺言能力の有無

【裁判所の争点に対する判断】

1 前提事実ついて

  • Aによる遺言にかかる文書が、次の通り存在する。

ア 平成24年7月4日付けの公正証書遺言(「本件公正証書遺言」という。)

「A死亡時に存在する店舗土地建物、現金及びA名義の預貯金総額の6分の1並びに訴外会社のA名義の株式全部を被告Y1に相続させる。」との記載がある。

Y1がAに対してその作成を依頼したものであり、遺言執行者をY1とする記載がある。

イ 平成25年10月4日付け自筆証書遺言(「本件自筆証書遺言1」という。)

「不動産については相続人全員で平等に分けること」、「現金・預貯金については、全てY2(次男)に渡すこと」との記載がある。

本件遺言書1は、Aが認知症と診断された平成25年10月4日後に、Y2の面前で作成された。

ウ 平成25年10月30日付けの自筆証書遺言(「本件自筆証書遺言2」という。)

「Y2には世話になっているので現金・預貯金を全てあげます」と記載されている。

本件遺言書2は、Y2の面前で作成され、エキストラ募集の用紙の裏紙に記載された。

エ 平成25年10月30日付けの自筆証書遺言(「本件自筆証書遺言3」という。)

「Y1(長男)への遺言を有効とする」との記載がある。

本件遺言書3は、Y1の面前で作成された。

オ 平成26年6月9日付けの自筆証書遺言(「本件自筆証書遺言4」という。)

「Y1への全ての遺言は有効です」との記載がある。

  • AとY2は、平成23年5月20日「委任契約及び任意後見契約公正証書」を作成し、AがY2に対し、Aの生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を委任並びに任意後見契約に関する法律所定の任意後見契約(「本件委任契約」)を締結し、同月23日、本件任意後見契約の登記がされた。
  • 平成26年7月17日付けで、Aが後見状態にあると診断され、平成27年6月5日、東京家庭裁判所は、Y2の申立てに基づきAにつき任意後見監督人を選任する旨の審判をし、同月23日、確定した。 

2 Aの精神上の障害の有無及び程度

(1)客観的資料

ア 平成22年頃、Aは、内科関係疾患につきかねてから受診していたq医師の訪問診療を受けるようなった。

q医師は、同年9月以降、概ね半年ごとに訪問看護指示書を作成しているが、同月時点で既にAの病名として「認知症」を挙げ、「日常生活自立度」の「認知症の状況欄」は、「(2)b」と記載していた。そして、次に作成した平成23年3月20日付けの訪問看護指示書以降、「症状・治療状態」欄に「認知機能の低下が顕著である。」と記載するようになった。

イ 平成24年1月、介護認定調査が行われた。

q医師は、同月12日、Aの要介護認定に係る主治医の意見書を作成し、訪問看護指示書と同様、Aの診断名として認知症等を挙げ、経過及び治療内容について「認知機能の低下が顕著である。」などと記載したほか、「認知症の中核症状」として、短期記憶は「問題あり」、日常生活の意思決定を行うための認知能力は、「見守りが必要」、自分の意思の伝達能力は「具体的要求に限られる」としつつ、認知症の周辺症状は「ない。」とした。

もっとも、Aの要介護度は、同年2月1日、従前と同じ要介護2と認定された。

ウ 平成25年9月3日、Aは、永寿総合病院の内科を受診した。

そして、各種心理検査、頭部MRI検査及び脳SPECT検査の結果等を踏まえ、同月24日には、アルツハイマー型及び脳血管性の認知症と診断され、認知症薬のレミニールが1日あたり8mgの処方をされるようになった。

なお、上記の心理検査のうち改訂長谷川式簡易知能評価スケールの結果は、30点満点中13点であったところ、その質問項目のうちの100から7を順番に引いていく質問では、「93」のみ正答でき、「86」を正答することはできなかった。

エ 平成26年1月に行われた介護認定調査においては、2年前の調査ではできていた「毎日の日課を理解」及び「生年月日をいう」がいずれも「できない」とされ、2年前には認められなかった「徘徊」がある、「外出して戻れない」が「時々ある」とされるなどし、認知症高齢者自立度は、1段階下がって「(3)b」とされた。

また、同調査に関してq医師により作成された同年2月10日付けには,診断名欄記載は,2年前のものと同じであったが,経過及び診療内容について,「現在,相続に関する家庭内の問題があり,この影響で,BPSD等の症状が出ている。認知機能の低下が顕著も顕著である。

そして,認知症高齢者の日常生活自立度については,1段階下げて「(3)」とされた。これらの調査結果等を受け,同年3月,Aの要介護度は,1段上がって,要介護3とされた。

オ 平成26年7月17日付けで,永寿総合病院の神経内科医は,Aについて成年後見用の診断書を作成した。

これについては,診断名が「アルツハイマー型認知症+脳血管性認知症」と所見として「夫が平成22年に他界した頃から物忘れや抑うつ傾向が顕在化した。

軽度の抑うつあり,認知機能の著しい低下を認めている。」などと記載され同年5月の検査結果によれば平成25年9月の検査結果と比べ著しい認知機能の低下があるとして「自己の財産管理・処分することができない。」と記載されている。

3 争点に関する判断

  • 本件遺言公正証書

q医師は,平成22年9月の時点で,既にAを認知症と診断しており,平成23年3月以降「認知機能の低下が顕著である」と判断していたほか,平成24年の時点では,失行も顕著で,かなり生活に支障をきたしているなどとも評価されていた。

同年6月12日に「たった今のことを忘れてしまう。」同年10月には,「身の回りのことで覚えていないことが結構ある。」旨を訴えたことが認められる。

しかし,q医師の「認知症」との診断は,心理検査や脳血流検査に基づくものではなく,必ずしも医学的に厳密な根拠に基づくものとはいえない。

当時のAの年齢に照らし,一定の短期記憶障害はあっても,当然に病的なものとはいえず,Aの意思能力や遺言能力をただちに否定するほどの意味合いがあると認めることはできない。

加えて,本件遺言証書が弁護士や公証人が関与して作成されていること,その内容は,専ら本件店舗の」経営をY1に継続させるために必要な限度でAの財産をY1に相続させようとするもので,その余の財産の帰趨を定めていないところ,Y1が本件店舗の経営を引き継いでいくことA家においては,所与の前提とされていたと認められ,本件遺言公正証書の内容が当時のAの意思に反する部分があるとは認められない。

したがって,本件遺言公正証書作成時にAにこれを作成するだけの遺言能力がなかったと認めることはできない。

  • 本件遺言書1及び2

Aは,平成25年1月以降,せん妄とみられる行動をしたり,認知症薬の処方を受けたりするようになっていたところ,同年9月の永寿総合病院神経内科の検査の結果,アルツハイマー型及び脳血管性の認知症と診断されたものである。

また,本件遺言書1の内容は,実情との整合性が合理的に理解できないにもかかわらず,Y1はAにこの点につき確認をした様子はない。

遺言書2及び3は,遺言書1の作成から1か月も経過しないうちに作成されているところ,遺言書1との関係性が不分明である。

また,本件遺言書3は,同じ日に,遺言書1及び2とは全く異なる内容で裏紙により作成されているという作成状況であった。

したがって,遺言書1及び2の作成当時,Aには遺言能力は無かった。

  • 本件遺言書3及び4

本件遺言書2の作成日と同日の平成25年10月30日に作成された本件遺言書3は遺言能力が無い状況で作成されたものと認められる。

Aの認知症がアルツハイマー型及び脳血管性のもので,基本的には進行性のものと認められることに加え,本件遺言書3の作成状況も考慮すれば,本件遺言書4の作成当時にもAに遺言能力がなかったと認められる。

したがって,本件遺言書3及び4は無効である。

【判決のポイント】

遺言能力の有無の判断基準につき,従来からの判断方法を踏襲しているものとかんがえられます。

すなわち,客観的資料(科学的裏付けが必要)のほか,遺言内容の合理性,遺言書の作成状況,作成時期を総合的に考慮して遺言能力を判断した判決であると考えられます。

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