自筆証書遺言の有効性③(東京地裁 令和3年12月22日)

【事案の概要】

Bは、平成27年1月29日、「私の財産をXとY・1/2づつ相続させます。」との自筆証書遺言を作成した(以下、「先行遺言」という)。

その後平成27年12月14日、Bは「遺言者は、その相続開始のときに有する全ての財産を遺言者の二男Yに・・・相続させる。・・・尚、この遺言は二男夫婦の多年の介護などの労苦に報いるものである。」との公正証書遺言(以下、「本件遺言」という)を作成した。

本件遺言作成当時、Bは、認知症の症状が進みBの自宅でBと同居をしている状況であった。また、Bは、平成27年11月12日急性気管支炎により入院した際の看護師作成の転倒・転落アセスメントシートには「判断力、記憶力の低下がある」、「記憶力の低下がり、再学習が困難である」との点にチェックが付されていた。

 本件遺言は有効か。

【裁判所の判断】

裁判所は遺言無効確認請求を認容した(東京地裁 判決 令和3年12月22日)。

【争点】

遺言者の遺言能力の有無

【争点に対する裁判所の判断】

裁判所は以下のように判示し、遺言者の遺言能力は欠如していたと判断しました。

⑴ Bの精神上の障害の存否,内容及び程度

「平成27年1月の入院中,食事を取ったこともすぐに忘れてしまうほど短期記憶が失われていたほか,病院に入院中であることを理解しておらず,ホテルに宿泊しているものと誤解し,また,院内を徘徊する姿もみられ,転倒・転落アセスメントシートには,「認知症がある」,「判断力,理解力の低下がある」,「記憶力の低下があり,再学習が困難である」との点にチェックが付されていたこと」

「平成27年4月8日及び翌9日の頭部MRIや脳血流循環検査等の結果,両側シルビウス裂や扁桃核等に高度な萎縮が見られたほか,前頭葉の勝流低下もみられたこと」

「平成27年11月の入院中も自ら点滴を抜去してしまい,病院に入院していることすら理解しておらず,院内を徘徊する姿がみられたほか,被告自身がBが自宅にいるときですらどこにいるのか分からず,荷物をまとめる行動がみられる旨看護師に対し説明しており,また,「夫が窓の外にいる気がして」などと話し障子を開ける姿が見られ,Cが亡くなったことを理解していないかのような様子も見られたこと」

「平成27年11月16日の長谷川式の結果が30点中13点であったことが認められる。これらの事実に照らすと,本件遺言作成当時,Bの認知機能の低下は非常に重篤で,ほぼ後見に近い状態であったものと認められる。」

「これらの事実に加えて,前記のとおり,脳神経外科のQ医師は,看護記録における認知症症状,長谷川式の結果から重度の認知症と診断し,Bに見られる放射線学的補助診断所見が,重度の脳血管性あるいはアルツハイマー型認知症との診断を何ら矛盾なく裏付けられるとの意見を述べているところ,その医学的意見は,専門的知見に基づきエビデンスを示しつつ,Bに現れた前記具体的な病状と一致するものであるから,十分に措信することができる。そうすると,Bは,本件遺言作成当時,脳血管性認知症又はアルツハイマー型認知症に罹患し,その認知機能の低下の程度は重度なものであったと認められる。」

⑵ 本件遺言内容それ自体の複雑性

「Bの認知機能の低下が重度のものであったことからすると,Bは,本件遺言作成当時,自己の財産がどの程度あるかどうかはもちろん,実際には交渉役場にきていることや自己の財産について遺言書を作成していること自体についても理解していなかった可能性が高いといえるから,本件においては遺言内容自体の複雑性の有無はそれほど決め手にならないというべきである。」

⑶ 本件遺言の動機,遺言者と受遺者との人的関係

「本件遺言当時においても,Bと原告との間に特に確執等があったことはうかがえず,良好な関係を築いていたこと,平成27年1月に原告及び被告に2分の1ずつ相続させる旨の先行遺言をしたことが認められる。そして,これらの点からすると,Bから見れば,原告及び被告は優劣を付け難い子らであったと推認できるところ,Bが7億以上に及ぶ多額の遺産の全てを一方にのみ相続させ,他方には全く与えないとするには相応の理由があってしかるべきである。しかし,本件において,Bが原告と被告とでそのような扱いをした合理的理由は全くうかがえない。」

「そこで,更に本件遺言の作成の経緯について検討すると,前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,…被告が主導してF弁護士に本件遺言の作成を依頼し,その内容を理解できないBの病状を利用して本件遺言を作成させたものと考えられる。」

【判決のポイント】

本件における遺言能力の認定に際して,客観的資料である遺言者の入院先の看護師作成の看護記録,長谷川式スケールの点数,脳神経外科医作成の遺言者が認知症との診断書(その信用性につき専門的門的知見に基づきエビデンスを示しつつ,Bに現れた前記具体的な病状と一致するものであるから,十分に措信することができるとの言及がある。)が参考にされたと考えられます。

                                            以上  

keyboard_arrow_up

0487298318 お問い合わせバナー 無料相談について