自筆証書遺言の有効性④(東京地裁 令和3年9月16日)

【事案の概要】

本件は,亡A(以下「A」という)に,平成28年遺言公正証書及び平成29年7月5日付け自筆証書遺言(「以下「自筆証書」という」が存在した。

 Aは,本件各遺言がされる前からパーキンソ病にり患しており,ある時期以降は,パーキンソン病に伴う認知症を発症していた。

 Aの相続人(妻)の相続人(母)である原告が,各遺言がされた当時,Aには遺言能力がなかったとして各遺言が無効であることの確認を求めた事案である。

 

【裁判所の判断】

裁判所は,遺言無効確認請求を棄却した(東京地裁 判決令和3年9月16日)。

【争点】

 遺言者の遺言能力の有無

【争点に対する裁判所の判断】

裁判所は,以下のように判示し,遺言者の遺言能力を欠いていたとはいえないと判断した。

1 前提事実

⑴ Aのパーキンソン病について

パーキンソン病の重症度を示すものとしてHoehn-Yahr(以下「ヤール」という)がある。

Aは,平成28年6月13日には,ヤール3度と診断され,平成29年6月19日には,ヤール5と診断されていた。

ヤール3度は,「明らかな歩行障害がみられ,方向転換など立ち直り反射障害がある。

ヤール5度は,「自力での日常生活の動作が難しく,介助による車いすでの移動又はベッドでの移動が生活の中心となる。日常生活では全面的な介助を必要とする。

Aは,平成29年7月25には,要介護3の認定を受けていた。

⑵ Aの認知症について

パーキンソン病は,認知症を伴うことがあるところ,Aが罹患した認知症は,パーキンソン病に伴う認知症であった。

2 本件公正証書遺言について

 ⑴ Aの身体状況

「Aは,平成26年9月17日から平成27年12月14日まで東京クリニックにおいて繰り返し精神状態正常ないし認知症なしと診断されており,その間のクリニック同医師の同年9月9日付主治医意見書においても,Aが認知症に罹患していることをうかがわせる記載がないこと,Aは,平成28年8月29日,Aは長谷川式簡易知能評価スケールを受けたが,その結果は,30点中20点であった。

なお,20点以下で認知症が疑われるとされており,Aの上記20点は,正常範囲との境界領域であった。

また,長谷川式簡易知能評価スケールの「3単語遅延再生」の検査では,6満点中5点と高得点であった。」      

              

⑵ 公正証書の内容

「本件公正証書の内容は,自宅は妻に取得させ,金融資産は,妻に4文の3,被告Y1及び被告Y2に各8分の1ずつ取得させ,その余の財産と債務は承継させ,遺言執行は被告Y1及びY2に委ねることを内容とするものであるところ,その内容は,単純なものではないが,Aにおいて理解できないような内容であったとは認められない。」

⑶ 結論

「本件公正証書遺言がされた際,Aに遺言の内容を理解し遺言の結果を弁識するに足る能力がなかったと認めることはできないから,遺言能力がなかったとは認められない。」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

3 本件自筆証書遺言について

⑴ Aの身体状況

「平成28年9月12日の主治医意見書では,短期記憶は問題ありとされたものの,長谷川式簡易知能評価スケールの「3単語の遅延再生」の検査では,6点中5点と高得点となっている。」

「Aは,平成28年11月30日に神栖済生会病院に入院した際,「認知症高齢者の日常生活自立度が,「I」(何らかの認知症を有するが,日常生活は家庭内及び社会的にほぼ自立している状態)とされ,せん妄症状のチェックにおいても特段の特記事項はない。」

「Aが神栖済生会病院から退院した後,医療記録には,認知症に関する新たな所見は記載されていない。」

「神栖済生会病院医師の平成29年6月19日付主治医意見書の「日常生活の自立等について」,「認知症の中核症状」及び「認知症の周辺症状」の内容は,平成28年9月12日付の主治医意見書のそれと同一である。そうすると,本件自筆証書遺言がされた平成29年7月5日時点でAの認知症が著しく進行していたとは認められない。」

⑵ 遺言書の内容

「本件遺言書は,Aが母から相続した遺産である本件土地建物の持分の売却代金が入金された預金を被告らに相続させることを遺言したものであって,特に難解な内容ではない。」

                                                                                                                                                              

⑶ 結論

「本件自筆証書遺言がされた際,Aに遺言の内容を理解し遺言の結果を弁識するに足る能力がなかったとは認められない。」

【判決のポイント】

遺言の有効性を争う裁判では、介護認定における主治医意見書とHDS-Rが証拠として提出されることが多く,遺言の有効性を検討する際の目安になるものと考えられる。

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