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1.自筆証書遺言がある場合の流れ
遺言(ゆいごん)とは、一般的には、死んだ後に言い残しておくことばをいいます。
もっとも、相続手続で有効とされる遺言(「いごん」と呼びます。)にはいくつか種類があり、すべて民法という法律に書かれています(※)。
※民法第960条
遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、これをすることができない。
この遺言(いごん)のなかでも、もっともメジャーなものの一つとして、自筆証書遺言というものがあります。
この自筆証書遺言とは、文字どおり、本人が全文を自分で書いて作成する遺言をいいます。
亡くなられた方が自筆証書遺言を作成していた場合、原則として、その遺言の保管者はこれを家庭裁判所に提出して「検認」という手続を取らなければなりません。
そして、この「検認」を受けた自筆証書遺言によって、遺産である預貯金の解約、不動産の名義移転といった相続手続をしていくことになります。
2.自筆証書遺言の検認について
検認の手続について説明します。
(1)申立人
- 遺言書の保管者
- 遺言を発見した相続人
(2)検認を申し立てる裁判所
遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所
(3)申立てに必要な費用
- 遺言書1通につき収入印紙800円
- 郵便切手(具体的な内訳は、裁判所にお問い合わせください)
(4)申立てに必要な書類
- 申立書
- 遺言者の戸籍謄本(出生時から死亡時までの全ての戸籍謄本)
- 検認申立時点の相続人全員の戸籍謄本
※遺言者が死亡した時点で相続人が存在しない場合や相続人が配偶者しかいなかった場合には、さらに遺言者の直系尊属の戸籍謄本等が必要になります。
※遺言者の死亡後に本来の相続人である配偶者、子、直系尊属、兄弟姉妹が死亡した場合には、その死亡した相続人の戸籍謄本等も必要になります。
(5)申立て方法
上記申立費用と申立てに必要な書類の全てを家庭裁判所に提出します。
※上記書類等を提出する場合には、事前に写しを取り、お手元の控えを用意するとよいと思います。
3.自筆証書遺言の保管制度
令和2年に「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が施行され、自筆証書遺言保管制度がスタートしました。
これによって、それまで遺言者自身(または委託を受けた第三者等)が保管をしていた自筆証書遺言について、法務局に保管を申請することができるようになりました。
同制度を利用することにより、今まで問題となっていた自筆証書遺言の紛失・亡失、一部の相続人等による破棄、隠匿、改ざんといったトラブルを防ぐことができるようになりました。
そして、実務上の大きな特徴として、自筆証書遺言保管制度により保管されている遺言については、相続開始後に裁判所の検認手続が不要とされました(※)。
※法務局における遺言書の保管等に関する法律第11条
民法第1004条1項(検認)の規定は、遺言保管所に保管されている遺言書については、適用しない。
従来の自筆証書遺言よりも利便性が高いため、今後遺言作成者の利用が増えていくと思います。
4.自筆証書遺言と預貯金の解約
自筆証書遺言がある場合、相続人全員による遺産分割協議をすることなく、遺言者の預貯金の解約や名義変更をすることができます。この点が、遺言書を残す大きなメリットの一つになります。
もっとも、遺産分割協議をする必要がないといっても、金融機関ごとに様々な書類の用意が必要になってきます。
最低限必要なものとしては、以下のような書類が必要になると思います。
- 自筆証書遺言と裁判所の発行する検認済証明書(自筆証書保管制度を利用している場合には遺言情報証明書で足ります。)
- 遺言者の戸籍謄本(相続が発生したことを示す資料として)
- 預貯金を相続する相続人の戸籍謄本、実印、印鑑登録証明書(その相続人の身分確認、本人確認の資料として)
- 金融機関の預貯金通帳と届出印(紛失してしまっている場合には、その旨の申告で足りる場合も多いと思います。)
※遺言内容によっては、遺言執行者選任審判書謄本の提出や遺言執行者による手続を求められることもあり得ます。
※金融機関によっては、遺言者の出生から死亡までの戸籍謄本、他の相続人全員の戸籍謄本の提出を求められることもあり得ます。
以上の書類を金融機関の窓口で提出した上で、預貯金の解約や名義変更の相続手続を完了することになります。
5.自筆証書遺言と不動産の名義移転
自筆証書遺言がある場合、相続人全員による遺産分割協議をすることなく、遺言者名義の不動産について、所有権移転登記手続をすることができます(注:自筆証書遺言の場合、その表現によっては、直ちに移転登記手続をすることができない場合もあり得ます。)。この点が、遺言書を残す大きなメリットの一つになります。
もっとも、遺産分割協議をする必要がないといっても、法務局において所有権移転登記手続をする際には、被相続人の死亡の記載のある除籍謄本と住民票除票、不動産を取得する相続人の戸籍謄本と住民票、不動産の固定資産評価証明書が必要になってきます(※)。
※被相続人と不動産の名義移転を受ける相続人との関係(例えば、兄弟姉妹、甥姪等)によっては、さらに必要書類の提出などを求められることもあり得ます。
以上の書類を添付して法務局に申請をすることで、遺言者名義の不動産についての相続手続(所有権移転登記)を完了することになります。
6.自筆証書遺言とその他の財産の名義移転
他にも、自動車や株式等、相続に当たって名義変更が必要となる財産が存在する場合があります。
この場合にも、自筆証書遺言があれば、相続人全員による遺産分割協議をすることなく、遺言書の内容に従い名義変更をすることが可能です(※)。
※預貯金や不動産と同様に、遺言者の戸籍謄本、名義変更を受ける相続人の戸籍謄本、実印、印鑑登録証明書などの書類が最低限必要になってくると思います。
7.自筆証書遺言の有効性
自筆証書遺言は、証人や立会人が必要ないことや比較的容易に作成できることから、偽造・変造の危険がある等、相続開始後に出てきた遺言書の真偽、有効性、その文言の解釈をめぐって争いが生じやすい遺言といえます。
その争いの内容としては、主に以下のようなケースが考えられます。
(1)自筆証書遺言の方式を欠いているケース
自筆証書は全文、日付、氏名を本人が直筆で書かなければなりません。
そのため、遺言書本文をパソコン・ワープロで作成したものは、本人が直筆で署名したものであっても自筆証書遺言として認められないとされています。
同様に考えると、例えば、質問事項が記載されているエンディングノートの回答部分のみ本人が直筆で記載したとしても、自筆証書遺言としては認められないものと考えられます。
(2)意思能力を欠くケース
遺言書は、作成時に本人が意思能力を欠いていた場合には無効になります。
特に自筆証書遺言は証人や立会人が必要ないことから、本人に判断能力の衰えがある等、意思能力の有無が問題となることも多いといえます。
裁判で意思能力の有無が争われる場合には、遺言書作成当時の本人の診断書、介護記録、立会の有無、作成動機等を総合的に考慮した上で、自筆証書遺言の有効性が判断されることになります。
(3)解釈に争いがあるケース
自筆証書遺言は公証人などではなく本人が作成するものであるため、例えば「現在使用中の駐車場を相続させる」という遺産の範囲が不明確な文言の場合等、遺言書本文の解釈に争いのあるケースも多いといえます。
裁判では、遺言書の真意を合理的に探究することにより記載内容がどのようなものなのかを確定させていくことになります。
8.公正証書遺言がある場合の流れ
相続手続で有効とされる遺言(「いごん」)のなかでも、自筆証書遺言と並んでメジャーなものの一つとして、公正証書遺言というものがあります。
この公正証書遺言は、自筆証書遺言のように本人が作成するものではなく、公証役場に所属する公証人に遺言の内容を伝え、公証人が作成します。
公正証書遺言の「原本」は長期間公証役場で保管されることになるため、本人は公証役場が発行する「正本」を保管することになります。
公正証書遺言は法律専門家である公証人が関与するため、自筆証書遺言のように検認手続をとることなく、公正証書遺言の「正本」によって、遺産である預貯金の解約、不動産の名義移転といった相続手続をすることが可能です。
なお、万が一公正証書公遺言の「正本」を紛失してしまったとしても、公証役場が長期間「原本」を保管しているため、公正証書遺言の「正本」を再発行してもらうことも可能です。
9.遺言の探し方
本人が生前に遺言を残したと言っていたのに見当たらない、他の相続人が本人の遺言書を持っているがその後に作成されたものがあるかもしれない等、本人の遺言の有無の調査が必要なケースも少なくありません。
まず、公正証書遺言の場合、平成元年以降に作成されたものであれば、全国どこの法務局に問い合わせても本人の公正証書遺言を全て検索することができます。
そして、本人の公正証書遺言が発見された場合には、その謄本請求をすることが可能です。
また、平成元年以前に作成されたものであっても、問い合わせた法務局に遺言公正証書の原本が保管されている場合には、その遺言公正証書の有無を回答してもらうことが可能であり、謄本請求をすることが可能です。
次に、自筆証書遺言の場合には、従来公に保管する制度が存在しなかったため、その有無を調査することが困難でした。
もっとも、令和2年に「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が施行され、自筆証書遺言保管制度がスタートしましたので、今後は法務局に保管されている自筆証書遺言の有無を調査することが可能になりました。
そして、本人の自筆証書遺言が発見された場合には、遺言書の閲覧や遺言書情報証明書の交付請求をすることが可能です。
10.遺言がある場合に遺産分割協議が可能か
遺言と異なる内容の遺産分割協議が可能かという問題があります。
この点に関して、さいたま地方裁判所平成14年2月7日判決は、当該遺言が、相続人間において、特定の財産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言と異なる遺産分割協議をすることが一切できず、その遺産分割を無効とする趣旨まで包含していると解することができないとして、遺言と異なる遺産分割も有効であると判示しました。
このように、遺言者が遺言と異なる遺産分割を禁止していなければ、相続人全員の同意により遺言と異なる遺産分割協議をすることも可能といえます。
11.遺言の優劣関係
遺言が複数存在する場合にその優劣関係が問題になることがあります。
まず、自筆証書遺言と公正証書遺言の間には優劣関係はありません。
遺言の優劣は、作成日付の前後で決まります。
これは、遺言が本人の最終的な意思を尊重するものだからです。
もっとも、優劣が生じるのは、前に作成された遺言のうち、後に作成された遺言に抵触する部分に限られます。そのため、先に作成された遺言であっても、後に作成された遺言に抵触しない部分については有効とされます。