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1.よくあるご相談について
オフィス・テナント・店舗といった事業用物件の場合、居住用物件に比べて、毎月の賃料が高額であるため、賃料滞納による賃貸人の損害(本来であれば得られたであろう賃料額相当の損害)は非常に大きな金額になってしまいます。
そのため、事業者に賃料滞納が発生した場合に一刻も早く建物明渡しを実現させるため、賃貸借契約の特約として自力救済による建物明渡しを認める条項(いわゆる自力救済条項)を定めるケースがあり、実際にその有効性についてのご相談を受けることがございます。
そこで、この自力救済条項の有効性について、ご説明します。
2.自力救済条項の有効性に関する裁判例
賃貸借契約の特約として自力救済条項が定められ、それに基づく賃借人の行為の適法性が問題になった裁判例をご紹介します。
①東京高等裁判所平成3年1月29日判決
特約の内容
賃貸借契約終了後に賃貸人が賃貸物件内に立ち入り残置物を搬出できる旨の特約
裁判所の判断
同特約に基づき賃貸人が賃貸物件に立ち入り、残置物を搬出・処分する行為は違法と判示した。
②浦和地方裁判所平成6年4月22日判決
特約の内容
契約終了後も賃借人が明渡しをしないときは室内の遺留品を賃借人が放棄したものとし、賃貸人は随時遺留品を売却処分し債務に充当しても異論はない旨の特約
裁判所の判断
同特約に基づき賃貸人が遺留品を売却処分する行為は不法行為を構成すると判示した。
③札幌地方裁判所平成11年12月24日判決
特約の内容
賃貸人が賃料の支払いを7日以上怠ったときは、賃貸人は直ちに賃貸物件の施錠をすることができる旨の特約
裁判所の判断
同特約に基づき賃貸人が賃貸物件に施錠をする行為は不法行為を構成すると判示した。
以上のような裁判例に照らせば、現状として、賃貸借契約の特約として自力救済条項が定められていたとしても、賃借人の承諾を得ることなく、賃貸物件に立ち入って内部の動産を売却処分したり、無断で鍵を変えたりする行為は違法と評価される可能性が高いものといえます。
3.自力救済条項が無効とされた場合の貸主の責任
(1)民事上の責任
借主の承諾なく物件内に立ち入ったり、勝手に荷物を処分したりすれば、不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります。
(2)刑事上の責任
①住居侵入罪
借主の承諾なく物件に立ち入った場合には、住居侵入罪が成立する可能性があります。
住居侵入罪の法定刑は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金になります(刑法130条前段)。
②器物損壊罪
勝手に借主の荷物を処分した場合には、器物損壊罪が成立する可能性があります。
器物損壊罪の法定刑は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金もしくは科料になります(刑法261条)。
(3)まとめ
以上のとおり、賃貸借契約の特約として自力救済条項を定めたとしても、現状ではその効力は不透明なものと言わざるを得ません。
また、自力救済による民事上、刑事上の責任も大きな負担となることからすれば、事業者に対する建物明渡請求においても、原則通り、法的な手続を取ることが重要といえます。