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1.銀行口座の凍結と民法改正
被相続人が死亡した場合、銀行その他金融機関は被相続人名義の預貯金口座を凍結します。
その結果として、たとえ使途が被相続人の入院費用や葬儀費用であったとしても、凍結後は相続人の1人が単独で預貯金の払い戻しをすることができなくなります。
この場合、原則として、遺産分割協議に基づく預貯金の相続手続によって凍結を解除しなければ、預貯金の払戻しをすることはできません(遺言がある場合を除きます)。
しかし、従前よりこれでは被相続人の生前の生活費、公租公課、入院費用及び死亡後の葬儀費用といった支払いにも支障をきたすという問題がありました。
そこで、民法改正によって、新たに遺産分割前でも相続人の1人が単独で預貯金の一部を払い戻すことができる規定が設けられました(民法第909条の2)。
具体的には、以下のような条文となります。
民法第909条の2
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令(※)で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
※令和4年9月1日時点では以下のように定められています。
民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令(平成30年法務省令第29号)
民法(明治29年法律第89号)909条の2の規定に基づき、同条に規定する法務省令で定める額を定める省令を次のように定める。
民法909条の2に規定する法務省令で定める額は、150万円とする。
2.具体的な計算方法
(1)具体例
被相続人は、死亡時点で、甲銀行に1800万円の預金を有していました。
相続人はA、B、Cの子3人であり、それぞれの法定相続分は3分の1です。
(2)計算方法
- 民法第909条の2へのあてはめ
相続開始時の甲銀行の預貯金1800万円×3分の1×法定相続分3分の1=200万円 - 法務省令で定める限度額(150万円)との比較
200万円 > 150万円
(3)結論
相続人A、B、Cが、遺産分割前に甲銀行から払戻しを受けることができる金額は150万円となります。
3.預貯金の払戻しが許容される範囲(複数の金融機関に預貯金がある場合)
例えば、被相続人が、甲銀行に1800万円、乙銀行に3600万円の預金を残して死亡したとします(相続人は、前の事例と同じく、A、B、Cの子3人であったとします。)。
この場合、前の事例と同様に、相続人A、B、Cは、甲銀行から遺産分割前に150万円の払戻しを受けることができます。
次に、乙銀行についても、以下の計算方法により、相続人A、B、Cは、遺産分割前に150万円の払戻しを受けることができます。
(計算方法)
- 民法第909条の2へのあてはめ
相続開始時の乙銀行の預貯金3600万円×3分の1×法定相続分3分の1=400万円 - 法務省令で定める限度額(150万円)との比較
400万円 > 150万円
これは、法務省令で定める限度額(150万円)が、金融機関ごとの上限額を意味するからになります。
つまり、遺産分割前の預貯金の払戻請求は、金融機関ごとにそれぞれ150万円まで可能といえます。
4.民法第909条の2による払戻しの効果
(1)民法第909条の2後段の意味
民法第909条の2後段の意味は、払戻しの効果として「当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。」と規定しています。
つまり、その後になされる遺産分割協議において、当該相続人は、事前に払戻しをした金額を取得したものとされます。
(2)相続人が遺産分割協議前に具体的相続分を超える払戻しをしていた場合
この場合、当該相続人は、民法第909条の2の後段により、遺産分割協議において自らの具体的相続分を超える預貯金(遺産)を取得したことになります。
そのため、その相続人は、他の相続人に対し、具体的相続分を超えて取得した分について、代償金を支払う義務を負うものといえます。