【事案の概要】
公証人作成に係る遺言公正証書によるAの遺言(以下「本件遺言」という)につき、遺言能力を欠いていた旨主張して、同遺言の無効確認を求めた事案。
本件遺言作成時,遺言者Aの年齢は90歳であり,約2年前にはアルツハイマー型認知症との確定診断を受けて投薬治療中であった。
【裁判所の判断】
裁判所は遺言無効確認請求を棄却した(東京地裁 令和2年1月14日)。
【争点】
本件遺言は、Aが遺言能力を欠いていることにより無効か。
1 前提事実
平成25年4月24日,Aはアルツハイマー型認知症との診断を受けた。
平成26年12月3日から,Aは,肺結核により在宅療養をしていた。
平成27年1月27日,本件遺言書が作成された。
2 Aに投薬されていた薬剤
Aには,中等度及び高度アルツハイマー型認知症における症状の進行を抑制するメマリーという薬剤が投与されていた。
しかし,Aに投与されていたメマリーの用量は,通常の用法用量の2分の1以下という少量であり,本件遺言作成時にも同様であった。
通常,軽度のアルツハイマー型認知症の患者に投与される薬剤としてアリセプトがあるところ,Aの主治医作成のカルテには「高齢者で消化管出血も心配なので,アリセプトではなく,メマリーを処方する。」との記載がある。
かかるカルテの記載から,Aの主治医は,Aには本来アリセプトを選択するところ,副作用を心配してメマリーを選択したといえ,必ずしもAの認知症の進行状況だけを勘案して選択したわけではないことがうかがわれる。中程度及び平成24年12月18日、Aに係る保佐開始の審判の申立ての手続きを行った
ゆえに,平成25年2月15日のメマリーの投与開始をもって,Aのアルツハイマー型認知症が中程度及び高度であったとは認めがたい。
3 長谷川式スケール
平成27年4月27日のAの長谷川式スケール測定結果は,4点であった。
同年9月29日,Aの長谷川式スケールの結果は0点,測定結果記入欄には「コミュニケーション不可」との記載があった。
平成28年7月9日,Aは,救急搬送され死亡が確認された。
4 本件遺言書の作成状況
本件遺言書の作成は,証人2名を立ち会わせたうえで,公証人が本件遺言の内容を読み上げ,その内容を説明した後,Aの意思確認をし,Aが署名押印しており,その作成手続に違法はない。
また,本件遺言書作成当時のAの様子としては,証人2人と楽しそうに世間話ができる状態であり,公証人もAの意思疎通能力に問題はないと感じていた。
そして,本件遺言書にAは自筆で署名しているが,比較的難しい漢字について特に震え歪みもなく記載されている。
5 本件遺言書の内容
本件遺言書の内容は,分与する財産としては,本件土地と本件住戸であり,本件土地及び住戸について,遺産分割の対象としないことや持戻し免除とすることについても含めて,比較的単純といえる。
また,Aの遺産は,積極財産が4億6000万円余ある中で,本件土地及び住戸の価格は,合計1億2000万円余であり,係る財産を4名いる子どものうちの被告姉妹2名に与えるという内容も,特に不合理とまでは認められない。
6 結論
本件遺言書作成当時,Aには遺言能力がなかったとの原告の主張は認められない。
【判決のポイント】
本件では,Aの長谷川式スケールの点数が0点であった事実の認定がされている点が注目されます。
しかし,点数が本件遺言書作成後であることや,本件遺言書が公正証書であること,本件遺言書の内容が単純であり不合理とはいえないこと,Aの筆跡がしっかりとしていること等を総合的に考慮して判断しており,従来通りの判断基準によるものと思われます。