自筆証書遺言、公正証書遺言の有効性17(東京地裁 令和2年1月30日)

【事案の概要】

公証人作成に係る遺言公正証書によるAの遺言(以下「本件遺言」という)につき、遺言能力を欠き、または、口授を欠いていた旨主張して、同遺言の無効確認、被告に対し、不当利得返還請求として、各金員及び遅延損害金の支払いを求めた事案。

【裁判所の判断】

裁判所は遺言無効確認請求を棄却した(東京地裁 令和2年1月30日)。

【争点】

本件遺言は、Aの遺言能力を欠いて無効か。

1 前提事実

⑴ 平成24年12月18日、Aに係る保佐開始の審判の申立ての手続きを行った。その申立てに当たり提出されたAの診断書には、Aの病名が統合失調症である旨の記載がなされていた。

⑵ 平成25年11月22日に実施された介護認定に関する概況調査において、活気はないが、コミュニケーションは取れ、時間の失見当や被害妄想はあるものの、定期的に通所することで、在宅生活が何とか維持できているなどとされた。

⑶ 平成26年11月10日に実施された介護認定に関する概況調査において、「認知機能」については、日課の理解ができず、実際とちがうことを話すことがあり、通帳、印鑑の管理ができていないこと等が指摘されたが、「毎日の日課」及び「短期記憶」のみが「できない」とされた。

⑷ 平成26年11月19日に実施されたHDS-R(長谷川式スケール)は15点であった。

⑸ 平成26年11月27日、青梅市立病院の医師は、Aにつき認知症及び器質性精神障害と診断した。

⑹ 平成27年9月14日に実施されたHDS-Rは7点とされた。

⑺ 同年11月5日、青梅三慶病院の医師は、Aに認知症・統合失調症と診断し、「短期記憶」は問題あり、日常の意思決定を行うための認知能力は「見守りが必要」とした。

⑻ 同年11月10日に実施された介護認定に関する概況調査において、調査時にいた場所等があいまいで答えられず、日頃も言ったことを忘れて何度も言ってくるとされるとともに、「ここ(本件施設)はどんなところかわからない。」と話していることが記載され、「認知機能」につき、短期記憶及び「今の季節を理解すること」のみできないとされた。

⑼ 平成28年4月28日に実施されたHDS-Rは7点とされた。

⑽ 平成28年6月28日、本件遺言公正証書が作成された。

2 遺言能力に関する判断基準

遺言者の判断能力になんらかの問題があったからといって遺言能力を欠くものとして直ちに遺言が無効になるものではなく、当該遺言の内容に即して、当該遺言の内容を理解して当該遺言をするとの判断をすることが出来る能力がなかったといえる場合には、当該遺言は遺言能力を欠くものとして無効となる。

3 本件に関する判断

本件遺言公正証書は,2条のみからなり,その内容は,要するに,Aが被告に対して一切の財産を包括遺贈し,その遺言執行者として,被告Gを選任して被告は遺言の執行に必要な一切の権限を行使することができるものとし,その報酬を100万円とするというものであり,比較的単純なものであって,その内容を理解することにつき高度な判断能力を要するとまでは考えがたい。

そうすると,本件遺言公正証書の作成の際のAの認知症の程度が高度であると認められるときに初めて本件遺言公正証書は,遺言能力を欠くものとして無効となる。

本件遺言公正証書の作成前である平成26年11月以降は認知症と診断されていたものの,本件遺言公正証書の作成の前後である平成27年11月及び平成28年7月に実施された介護認定に関する概況調査の際,「認知機能」につき,「意思の伝達」を含めて多くの項目について問題があると指摘されていたわけではなく,「精神・行動障害」についても,ほとんどの項目につき「ない」とされた。

なお,Aは,青梅三慶病院に入院していた当時,HDS―Rは7点とされている。

しかしながら,同病院はAにつき,ものごとに対する善悪の判断はつき,課題に対する集中力は比較的保たれているが持続性が乏しく意思にそぐわない場合には拒否する傾向が強いとの指摘をしていた等の事情に照らせば,青梅三慶病院におけるAのHDS―R の結果は,Aが検査に対する警戒心等から拒否的な態度を示したことなどが起因した可能性を否定できない。 

そのほか,Aの認知症の程度が重度であったとのことを認めるに足りる的確な証拠があったということはできない。

したがって,本件遺言公正証書の作成当時,Aが遺言能力を欠いていたということはできない。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

【判決のポイント】

遺言の有効性を争う裁判では、介護認定における主治医意見書とHDS-Rが証拠として提出されることが多く,本件のようにHDS―Rが7点の場合には遺言能力が無いとの判断に傾くことが多いと思われます。

本件は,HDS―Rの結果を遺言能力の判断に重要視できない事情を示している点が参考となる裁判例であると考えられます。

そして、上記裁判例の認定は、遺言の有効性を検討する際の目安になるものと考えます。

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