公正証書遺言の有効性⑤(東京地裁 令和3年3月31日)

【事案の概要】

本件では,Bを遺言者とする平成23年4月8日付公正証書遺言(「先行遺言」)が存在していたところ,Bは,アルツハイマー型認知症の診断を受けた後に、先行遺言を撤回した。その後、Bを遺言者とする平成25年11月22日付公正証書遺言(「本件公正証書遺言」)が作成された。本件公正証書遺言は、「本日までにした一切の遺言を全部撤回する」との内容であった。Bの本件公正証書遺言は有効か。

【裁判所の判断】

裁判所は遺言無効確認請求を認容した(東京地裁 令和3年3月31日)。

【争点】

遺言者に遺言能力が認められるか。

【争点に対する裁判所の判断】

裁判所は以下のように判示し、遺言者の遺言能力を認めませんでした。

1 Bの身体状況 

⑴ 「Bは,見当識障害,記銘力低下が出現し,平成23年6月21日頃,衛藤医院において「アルツハイマー型認知症」と診断され,認知症薬であるアリセプトの服用を始めた。」

⑵ 「平成26年1月17日を調査日とするBの要介護認定調査票1によれば,Bの認知機能として毎日の日課を理解できない,短期記憶はできないとされ,日常の意思決定について日常的に困難・身の回りのことも自分で判断することはなくなっており,意思決定は日常的に困難と記載されている。」

「認定調査票1に添付されたBの主治医師意見書の心身の状態に関する意見の欄の認知症の中核症状としての短期記憶は問題ありと記載されている。」

⑶ 「平成26年12月10日を調査日とするBの要介護認定調査票2によれば,Bの認知機能として毎日の日課を理解できない,曜日・日時が分からず,毎日のデイケアもどこへ行くのか分かっていない状態,短期記憶はできないと記載されている。」

「認定調査票2に添付されたBの主治医意見書の心身の状態に関する意見の欄の認知力・判断力のいずれも機能の中核症状としての短期記憶は問題ありと記載されている。」

「前記要介護認定調査票1及び認定調査票2各記載は,いずれも本件公正証書が作成された後のものであり,これをもって当時のBの認知力及び判断力を判断ないし評価することは慎重な配慮が必要であるが,一方で,各記載内容以外の事実を根拠として本件公正証書遺言をした当時のBの認知力及び判断力が著しく低下していたものと認められるのであり,これに加えて上記の前後において,Bの認知力及び判断力が大きく変      化したことを具体的ないし客観的に裏付ける医学的証拠(診断書・カルテ等)がないことを考慮すると本件公正証書遺言をした当時のBの認知力及び判断力が著しくて低下していたことを裏付けると評価するのが相当である。」

2 遺言の内容

「確かに本件公正証書遺言の内容は,複雑,難解といったものではないといえる。しかし,Bは,本件公正証書遺言の作成当時,約2年半前に先行遺言をしたこと自体を失念している。先行遺言の内容は,Bは,その作成当時,複数の不動産を所有し,子である原告及び被告の各住所・a社における立場等に相当な配慮をして,不動産のみならず預金の配分やローン・固定資産税の負担まで含めた分割内容を検討したものと認められるにもかかわらず,これを作成したこと自他を失念していることからすると,当時のBの認知力は及び判断力は非常に低下していといえるから,本件遺言の内容自体が複雑・難解といったものでないことを考慮してもその遺言能力肯定するには躊躇を覚える。」

3 A公証人Bに遺言能力が認められると判断したことについて

「A公証人が,本件遺言作成当時,Bがアルツハイマー型認知症であると診断されていたことを認識していたか否か,Bの遺言能力の有無を判断するに当たりいかなる確認方法を用いたのかBが複数の不動産を所有しローン等の負債を負っている事実を認識していたのか否かといった点が,いずれも不明である。

そのため,A公証人がBに遺言能力が認められると判断したことをもってBに遺言能力が認められるということはできない。」

4 結論

「Bは,本件遺言をした当時,認知力・判断力が著しく低下していたものと認められ,のであり,本件遺言の内容を理解し,遺言の結果を弁識しうる能力があったとは認められるということはできない。」

【判決のポイント】

本件は公正証書遺言の遺言能力が問題となった事案ですが,公証人の関与自体が遺言能力の判断に大きな影響があるとはいえず,むしろ公証人が遺言者に遺言能力があると認定した判断材料の有無・種類が重要であると考えられます。

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